おおきな かわの むこうへ

畠山重篤さんと初めて会った時のことが、どうしても思い出せない。
1999年の秋であったはず……。『漁師さんの森づくり』(講談社 2000年)の仕事でのことだった。その後いつでもそうだったように、穏やかに機嫌よかったはずだ。
そんな畠山さんが、全力疾走でゴールを切って、そのまま駆け抜けていってしまったように、ふっといなくなってから1ヵ月が経つ。

出会いから20年後に、私はこぶな書店を立ち上げた。最初に刊行した『アフリカの難民キャンプで暮らす』(小俣直彦 2019年)のトークイベントに、畠山さんは登壇くださり、こう語られた。
「私はカキの養殖をしている漁師です。<森は海の恋人>を合言葉に、山に木を植えています。つまり、海から川の流域全体を見る――そういうものの見方です。これは単にいいカキをつくるということではありません。人類の文明の歴史は、四大文明にしても、川の河口から生まれているわけです。川の流域の環境が壊れれば、人類は滅びるわけですね。
川の流域とは、すなわち人間のありようです。
ですから私は、おそらく難民問題の非常に根本的な問題も、森は海の恋人(川の流域の環境を調えるということ)と物凄く関係しているんじゃないかと、実は思っていたのです」

小俣さんの原稿に、難民のことを越えて遍く人間のことがらを孕むものだ、と魅力を感じていた編集者の私は、この言葉に励まされた。
つまりは「いのち」の話であると――。

こぶな書店2冊目のノンフィクションは『僕、育休いただきたいっす!』(税所篤快 2021年)。
税所さんとは小俣さんの本の縁で知己を得た。教育界では知る人ぞ知る、甚だしい(褒め言葉です)行動力で世界を巡って活動する若き起業家だった。その税所さんが書き上げた1年間の育休の記録。
抱腹絶倒の新米パパの奮闘とともに、赤ちゃんを連れて真珠湾に、水俣に、福島にと旅をし、人に飛び込み、話し、考える。
その眼差しはまさに<森は海の恋人>的だと思っていたら、税所さん、気仙沼・舞根湾の養殖場に畠山さんを訪ねて、さっさと友だちになっていた。
舞根に暮らす畠山さんの孫たちと一緒に、税所さんの息子たちが海辺を駆け回って遊ぶようになった。

そんな孫の一人、凪くんと畠山さんの共著『ととのはたけと、うたれちゃったしか』(ヒマッコブックス/ヒマールとの共同出版 2022年)を刊行できたことが、残された宝物となった。
  世界中が凪ぎますように――
小さなこの本に込めた祈りが、畠山さんは叶うと信じていた。
信じていたからその言葉を残した。
はじける笑顔とともに。

2025年5月2日

畠山さんと小俣さん。2019年6月20日、オックスフォード大学東京事務所にて出版記念講演会。小俣さんはネクタイを忘れ、急遽、畠山さんに借りて(撮影:宍戸清孝)
畠山さんと税所さんの長男・たかちゃん&次男・ヒロくん。舞根の畠山さんの書斎で2022年4月。パパと男の子二人のパワーにさすがの畠山さんも圧倒されていた

2020年秋にヒマールが畠山さんを招いて開催したトークセッションの文字起こし全文が無料公開されました。どうぞゆっくりお読みください。
https://himaar.com/main/?p=3821

〈畠山重篤(はたけやま・しげあつ)さんプロフィール〉
「森は海の恋人」を主宰。宮城県気仙沼湾(舞根湾・もうねわん)でカキ・ホタテの養殖業を営み、1989年より漁民による植林活動を始める。2005年より京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授を務める。2012年には国連より「フォレストヒーローズ」として世界で5組の内の一人に選出された。『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。『人の心に木を植える』(講談社)、『鉄は魔法つかい』(小学館)など著書多数。2022年、ヒマッコブックス(ヒマール+こぶな書店)より孫・凪(なぎ)との共著『ととのはたけと、うたれちゃったしか』を刊行。この本をベースとした『にんげんばかり そばを たべるのは ずるいよ』(童話屋)が生前最後の作品として2025年5月刊行予定。