日に日に世界が悪くなる――ハンバートハンバートの「笑ったり転んだり」のこのフレーズに毎朝一瞬、心が止まった。朝起きてニュースに接するのが怖い日々……それがずっと続いています。
暗澹たる気持ちに引きずり込まれそうになる中、前向きの立脚点を探れる本だと、『アフリカの難民キャンプで暮らす』(2019年刊/以下『アフ難』)をおすすめしてきました。
そんな第1作から7年をかけて小俣さんが取り組まれた『世界難民危機』が、岩波書店から刊行されました。たいへん貴重な1冊です。
『アフ難』は、ロンドン大学で博士号取得論文のためのフィールドワーク、ガーナのブジュブラム難民キャンプでの400日の記録。論文には書き込めなかった、「隣人として」接したリベリア難民たちの声が綴られ、控えめながら小俣さんの人柄も醸し出て、とても面白い(難民という深刻なテーマなのにこの言い方はどうかと思いますが、敢えて)。
論文のほうは高く評価され、2012年から小俣さんはオックスフォード大学に就任します。
『アフ難』の献辞は、「ジュディスとの約束を超えて」となっています。
ジュディスも難民で、リベリア大学卒の才女。「調査結果はUNHCRや政府に報告して難民キャンプの支援の向上につなげたい」と調査の協力を求める小俣さんに、「あなたは嘘をいっているわ!」と言い放ちます。「あなたはただの学生でしょ? UNHCRや政府は一学生の進言なんかで支援や政策を変えることなんて絶対にないのよ。でもわかった。あなたが学位をとって将来偉い先生になればいいのよ。そうすればUNHCRや政府だって、あなたの言葉に耳を傾けるようになる。だから調査に協力してあげるから、それを必ず本にしなさい。いいわね、約束よ」
小俣さんは今、「偉い先生」になってそれを果たしていることを『世界難民危機』から知ることができます。
さすが岩波書店の出版物で、『世界難民危機』は学術的なことがしっかり書かれています。
けれど、淡々とした筆致なのに、筆者の声が聞こえる文章で、その声に導かれるように専門家ではない私でもつっかかることなく読みました。
専門家の本として、この読みやすさは稀有だと思います。
「難民になる、とは、再生のプロセスなのだ」と小俣さんは第1作で書いています。
そして、第2作では、「危機という言葉の英訳はクライシスだが、それは危険で不安定な状態を指す一方、重大な局面、岐路、転機という意味をもつ」と書き、後者の立場から、研究者としての想いを込めています。
日に日に世界が悪くなる――日々の暮らしで思う以上に、いえ、思ってもみないほどの事柄が『世界難民危機』ではたたみ込まれるように提示されます。
読み進めるなか通底して感じさせられるのは、書かれている難民の問題に、今の世界を(日本を)覆っている不穏なこと(小俣さんは「悍(おぞ)ましい」という言葉を使っています)の成り立ちを見せられているということです。それが、難民という一番の弱者のうえに全てが顕れているのではないかと。
暗澹たる気持ちは深まるばかりで、この本の結末はどこに向かうのだろうと思わずにはいられませんでした。
が、最終章から〈おわりに〉の閉じ方が見事。閉じ方というより、内容的には「開け方」なのです。そして、最後の最後の一節「凡人の人道主義」で心が揺り動かされました。
まさかこの本で泣くことになるとは。
読了後、岩波書店の編集者氏に連絡を取らせていただいたところ、氏も「最終章のメッセージについては、私も胸に迫るところがありました。多くの読者に届くと良いのですが」とおっしゃっていました。
改めてジュディスとの約束を思います。これこそが、「必ず本にしなさい」の真意だったのではないか……ジュディスは、聡明果敢なその願いを、多くの人に知ってほしいと思った。
手前味噌になりますが、専門家でない方は、まずは『アフ難』をお読みください。これを読んだあとなら、岩波レベルについてゆけます。
最新の稀少な事例まで取り上げられている包括的なことをお読みになりたい方は、岩波からの最新刊を是非。そして願わくば『アフ難』もお読みください。
学生だったからこそ可能だった400日という長期のフィールド滞在(難民の青年と同居)。時間をかけて難民の人たちと信頼関係を紡ぎ、聞きとった一人一人の話から編み出された一篇は、ブジュブラム難民キャンプのことのみならず遍(あまね)く難民問題が抱える人間問題(つまりは、いのちの問題だと私は思っています)を語りかけてきます。
このHPで何度かご紹介している畠山重篤さんは、小俣さんのことを「日本の大事な人だから」と、『アフ難』をたいへん応援してくださいました。
そのわけがわかった気がします。畠山さんは小俣さんを、確かな希望を語れる人として親しみを持ったのだな、と。
久しぶりに「笑ったり転んだり」をきいてみました。名曲ですね。
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(2026年8月)




