畠山重篤さんの最後の書き下ろしエッセー集「“生きもの好き”少年記」所収『ととのはたけと、うたれちゃったしか』を図書館・学校・学習現場に寄贈します

〈森は海の恋人〉――畠山重篤さん(2025年4月3日逝去)が遺したこの言葉は、おそらく地球のある限り色褪せることはないでしょう。
畠山さんを偲び、小社刊『ととのはたけと、うたれちゃったしか』(ヒマッコブックス/こぶな書店+ヒマール/2022年)を、図書館と学校(小学校~大学)・学習現場に寄贈します。
本書所収の「“生きもの好き”少年記」が、図らずも畠山さん最後の書き下ろしエッセー集となりました。
今こそ、ひとりでも多くの方にお届けしたいと願っています。
寄贈のご希望は、本サイトのコンタクトよりご連絡ください。詳細は文末にあります。

(2025年8月)

畠山重篤さんプロフィール
1943年中国・上海生まれ。気仙沼市・舞根湾で牡蠣・帆立貝の養殖業を営む。1989年、「森は海の恋人」を合言葉に漁民による植林活動を始める。2005年より京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授。受賞、著書多数。2012年に国連「フォレストヒーローズ」。名エッセイストとしても知られ、代表作『森は海の恋人』はオギュスタン・ベルク訳によりフランスで出版(“La Forêt Amante de la Mer” /Wildproject刊/2019)。「カキじいさん」の愛称で老若男女に親しまれる。

●『ととのはたけと、うたれちゃったしか』刊行のいきさつ

『ととのはたけと、うたれちゃったしか』は、畠山さんの孫の凪(なぎ)くんが、小学校1年生の夏休みに書いた作文を絵本にしたものです。先頃、英訳版(『にんげんばかり そばをたべるのは ずるいよ』山浦玄嗣訳/童話屋/2025年)が刊行され、新聞各紙で話題を目にした方もいらっしゃるかと思います。

世界じゅうが凪ぎますように――
東日本大震災の後に生まれ、祈りを込めて「凪」と名づけられた少年が初めて書いた作文に、畠山さんは強く心を揺さぶられます。
2021年秋、突然、畠山さんから、子どもの文字で書かれた原稿がFAXされてきました。冒頭のタイトルの脇に「はたけやま なぎ」の名前。200字詰め原稿用紙2枚。何の添え書きもなし。
畠山さんとは長年、児童書の著作の編集をさせていただいてきたことから折々交流がありました。
入学式の写真を見せるが如く、作文でもなんでも身近な人に見せたいおじいちゃんの孫自慢? と微笑ましく読み始めましたが、読み終わった時にはたった400字の読後とは思えない時間と密度を感じました。
おそらく畠山さんは、私以上のものを感じていらしたはずです。一方、「“おじいちゃんばか”かも」との心配もあったのでしょう。
すぐに電話をして、素晴らしい作文だと思う旨をお伝えすると、「今しか書けない作文だな。凪に負けたよ!」と嬉しそうにおっしゃいました。
こちらも一応編集者ですから、畠山さんがこの作文を本にしたいと思っていらっしゃることは容易に伝わってきました。
私のほうも、一読してこれは本になる力のある原稿だと思いました。
でも、敢えてそれは言わなかった。
なぜなら、この作文が孕んでいるものが大きすぎると思ったからです。この作文を本にするには、こちらに相応の力がないとできない。無責任に「本にしましょう」とは言えなかったのです。

そうして季節は秋から冬に移っていきました。それは畠山さんの中で、凪くんの本を作ってあげたいという思いが確かになっていく時間でした。
2021年暮れ、畠山さんと一緒にヒマールの辻川ヒムヒム・純子さんを訪ねた時のことでした。「これは本にならないだろうか」と、私含め三人にはっきり切り出されました。
三人で話を受けたのがよかったと、こうして振り返ってみるとしみじみ思います。ヒマールの二人はデザインと編集を手がけるユニットです。彼らには直感的に本の形が見えたようでした。

おじいちゃんの申し入れとはいえ、出版するとなったら、凪くん本人は勿論、親御さんの了解が要ります。
ご両親も快諾くださいましたが、父・耕さん(重篤さんの二男)がおっしゃった言葉――
「凪にとって、自分の住んでいる舞根(もうね)が世界のすべてです。〈にんげん〉とは、家族や友だちや近所のおんちゃん・おばちゃんです。その〈ちいさな〉世界を守ってあげたい」
私達はそれを大切に、本を作りたいと思いました。
絵は、同じ舞根に住む叔母・白幡美晴さんにお願いすることにしました。凪くんの見ている風景を描いていただこう、それができる画家は白幡さんしかいません。ヒマールのデザイナー・ヒムヒムが造本設計をし、〈ちいさな〉本づくりは動き始めました。

●凪くんの作文が生まれた背景 〜ふるさと舞根

さて、こうなってくると、おじいちゃん(重篤さん)も本に参加したいにちがいない!
ということで、収録させていただいたのが「“生きもの好き”少年記」です。
初めて書かれた幼少期の記憶。
“生きもの好き”重篤少年が、遊び、育まれた、舞根の海と山、そして父・司さんと母・小雪さんの存在。母は、5歳の息子が嬉々として持ち帰る小さな雑魚の釣果を満面の笑みで「よぐ釣ってきたごと」と褒めます。父は、一緒に山を歩き、海で遊び、様々な動物に興味のつきない重篤少年を見守ります。
そして重篤さんの筆は、匂いたつような輝く舞根の〈ちいさな世界〉の情景を、描き出しています。

その80年近く前と変わらぬ風景の中に、今、凪くんがいます。
2011年の東日本大震災の大津波で、一度はその景色は蹂躙されたかに見えました。
母の小雪さんも帰らぬ人となりました。
しかし、重篤さんは「それでも海を恨まない」「美しいふるさとは必ず蘇る」「なぜなら、背景の森と川がしっかりしているから」と、震災直後からみんなの気持ちを牽引し続けました。
2014年、凪くんは生まれた。凪くんは、蘇るふるさと舞根と共に育ちました。

舞根は、見事に元の風景が蘇っただけではありません。
大地震による地盤沈下によって、沼地と汽水湖が現れました。そこは日に日に様々な生物で賑やかになった。イサザアミ、アサリ、ハゼ、小さなエビやカニ、ヤドカリ、ツブ……やがてメダカの楽園となり、絶滅危惧種のウナギが戻ってきた。
舞根は、山・川・湿地・汽水湖・海という、生命の一大パノラマを体感できる、まさに〈ミクロコスモス〉となりました。

けれど、このミクロコスモスは偶然の恵みを享受しただけで叶ったことではないのです。
「地盤沈下した土地は埋めて耕作地にする」「今後の防災のために、とうてい海を臨めない高さの防潮堤を作る」――それのみにしか復興予算がつかない中で、「生物のために湿地をそのままにする」「汽水域を守るために防潮堤は作らない」と決議し実現するのは、並大抵のことではありませんでした。
青森から福島までの大津波被災沿岸で、防潮堤を否決した自治体は二つだけだそうです。

写真提供:NPO法人森は海の恋人

●英訳版との並走、そして寄贈を決めた理由

『ととのはたけと、うたれちゃったしか』の英訳版は、縁あって童話屋さんにお引き受けいただきました。
童話屋は、「ポケット詩集」シリーズや『葉っぱのフレディ』で知られる詩と絵本の出版社です。
編集者の田中和雄さんは、「畠山さんは、凪くんの作文の中の〈詩〉を見抜いたのですね」と言われました。「凪くんは殺された鹿をみて傷ついている。血を流して傷つきながら、さびしいとか、かなしいとか、うれしいとか、根源的な人間の気持ちに気づいた。ちいさくても詩人なのです」と。
童話屋の英訳版では、思い切って重篤さんの「“生きもの好き”少年記」は外し、凪くんの〈詩〉の絵本となりました。白幡さんの絵も刷新され、美しく素晴らしい一冊です。
私たちも、原作本の版元としてたいへん嬉しく思っています。

そして、この素晴らしい絵本の完成を見るに至り、改めて重篤さんの「“生きもの好き”少年記」もまた、沢山の方に届けたいと願っています。
まさか重篤さんが、英訳版の完成を見ずに亡くなるとは思いもしないことでした。

“凪”は漁民にとって究極の願いである。
嵐のことを時化(しけ)という。時化とは自然現象を指す言葉だが、
漁民にとって環境破壊や紛争も時化といえる。

「“生きもの好き”少年記」のエピローグの冒頭です。この言葉は英訳版にも添えられ、重篤さんのラストメッセージとなりました。
小学生になった凪くんと汽水湖を散歩するシーンで「“生きもの好き”少年記」は閉じられます。時を超えて、祖父と孫は二人の少年として出会うのです。
重篤さんの息子であり凪くんの父である耕さんは、「親父の最後の本が凪の絵本に寄せたエッセーというのも運命的なものを感じる」と語っています。(読売新聞宮城県版2025年6月27日付)

〈森は海の恋人〉の合言葉のもと、赤潮まみれの海を青い海に戻したいと37年前に始まった牡蠣漁師による植林活動。
重篤さんは言っていた。

漁師が山に木を植えることは、人の心に木を植えることでありました

また、国連フォレストヒーローズ受賞(2012年)のスピーチで言った。

森には三つあるのです。
山の森、海の森、そして心の森。
これは確信です。人の心がやさしくなれば、思ったより早く自然は蘇ります。

“人の心”が凪ぎますように――

今年6月、重篤さん亡き後の「第37回森は海の恋人植樹祭」に、例年通り参加者が全国から賑やかに集いました。
環境破壊と紛争の世に、ひとりひとりが一本の苗木を植えました。
木を植えている手に確かな希望を実感できるということ。重篤さんはずっと、それを教えてくれていたのだな……

そんな畠山重篤の原点を綴ったエッセー「“生きもの好き”少年記」、ぜひお読みください。
エッセーは全文ふりがな付きです。
寄贈のご希望を心よりお待ちしています。

小鮒由起子
[編集者。担当した畠山重篤さんの著作に、『漁師さんの森づくり』(講談社/2000)、『カキじいさんとしげぼう』(講談社、後にカキの森書房/2005)、『鉄は魔法つかい』(小学館/2011)、『人の心に木を植える』(講談社/2018)他]

■寄贈のご希望は本サイトのコンタクトより、下記1〜3を明記してご連絡ください。
1. 学校名・大学名、または図書館名。学習現場*の場合は、主催者名・講座名やイベント名など
*学習現場には、大人対象の研修・セミナーや勉強会を含みます。
2.ご担当者名
3.寄贈図書の送り先と電話番号
※複数冊をご希望の場合は、ご相談に応じますので、その旨を書き添えてください。

■寄贈先の条件にあてはまらず購入をご希望くださる方は、お近くの書店にお問い合わせいただくか、共同出版元・ヒマールのオンラインストアでご注文ください。送料無料でお送りいたします。

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