立春招福2026 We shall overcome

ちょうど2年前の2024年2月10日~18日、小社刊『疫病と妖怪―アマビエと予言獣』ヒマールとの共同出版レーベル・ヒマッコブックス刊『転校生の花子さんとヨゲンジュウ』の原画展が開催されました。
画家の楢喜八さんが「ぜひヒマールで!」と、東京から岩国に駆けつけてくださり、貴重な西日本での展観が実現――名づけて<立春招福 ヨゲンジュウ ザクザク展>。(冒頭の写真はその原画展での一枚。楢さんが手に持っているのは『転校生の花子さんとヨゲンジュウ』に登場する“アマビコ”で、ヒマールで個展も開催しているクラフト作家・中澤京子さん作。)

その楢さんの突然の訃報が、昨年12月2日に届きました。享年86。
私(こぶな書店の小鮒)はたったその2週間前にお元気な楢さんに会い、これからやりたい本のアイディアの数々をお聞きしていたので、信じられない急逝でした。
「小さな画集(タイトル未定)」を小社で作りたいと、その原画をお預かりもしたのです。

楢喜八さん。1968年にミステリマガジン(早川書房)でデビュー以来、独特のブラック&ユーモアの作品世界を築き、出版界の第一線で活躍されました。1990年に始まった「学校の怪談」シリーズ(講談社 〜2015年)で少年読者のファンも誕生。以後、幅広い年齢層に愛され続けています。2025年7月に新シリーズとしての第1巻目『えほん 学校の怪談―トイレの花子さん・かくれんぼ』(講談社)を上梓。

2年前、楢さんは奥さま(ミステリマガジンのデビューの立役者です)とご一緒に岩国に到着。駅前から会場のヒマールに向かって歩いていた時、奥さまが楢さんのことを「例えばこうして一緒に歩いていても、見えているものが違うんですよね」とおっしゃったことを印象深く覚えています。
そうしたら楢さんが「へっ?」というように顔を向けられ、奥さまが「これ、褒めてるのよ」と。なんとも微笑ましく可笑しかった。
そしてヒマール在廊中には、書店コーナーにあった一冊の絵本をお買い上げ。「これは勉強になりそうだ」と、さりげなくつぶやきながら。

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葬儀の行われた昨年12月10日は、楢さんのお人柄のように雲ひとつない青空の、暖かい日でした。
楢さんの好きな歌だとご家族が選ばれた讃美歌「We shall overcome」が歌われました。

We shall overcome
We shall overcome
We shall overcome some day
Oh, deep in my heart
I do believe
We shall overcome some day

お預かりした「小さな画集(タイトル未定)」の原画30点の、一番最後にあった一枚が、この歌の絵「We shall overcome」でした。
カエルのカップルが歌っている、とっても可愛いらしい絵。
けれど、今となってはこれは楢さんの遺言だと受け止めないわけにはいきません。

1939年樺太生まれの楢さんは、幼少期に戦争を体験していらっしゃいます。声高に語ることはなかったけれど、受注仕事とは別に、終生精力的に個展を続け発表された作品を拝見すると、その背負われていた悲しみと祈りに打たれます。
作品集『誰かが見ている』(小社刊 2020年/品切れ)でも圧巻の作品が収録されています。その巻末インタビューで、
「年齢とともにちょっとおとなしくなってるから、戻りたいって気持ちで、今描きたいと思っている絵があります。仕上がるまで秘密です」とおっしゃっています。

「We shall overcome」がその絵なのか、確認することはもうできないのですが、私にはそうであると思えます。
一見「おとなしい」作品のように見えます。けど、だからこそ、ブラックに強烈な大作をしのいでいるように。

Oh, deep in my heart(心の深いところで)
I do believe(私は本当に信じている)
We shall overcome some day(我らはいつの日か必ず克服すると)

最新作『えほん 学校の怪談』の絵には、静かな後光のように楢さんの新境地を感じます。
“分けられないものを明確に分けた途端に消えるものを魂という。”
つい先日、心理学者の河合隼雄さんの対談集の中で出会った一文です。
これを読んでふと思いました。
楢さんには、生命と絵を描くことの間の分かれ目がなく、後光を感じさせる静かな何物かこそ、<魂>なのではないかと。

▲『誰かが見ている』より

おおきな かわの むこうへ

畠山重篤さんと初めて会った時のことが、どうしても思い出せない。
1999年の秋であったはず……。『漁師さんの森づくり』(講談社 2000年)の仕事でのことだった。その後いつでもそうだったように、穏やかに機嫌よかったはずだ。
そんな畠山さんが、全力疾走でゴールを切って、そのまま駆け抜けていってしまったように、ふっといなくなってから1ヵ月が経つ。

出会いから20年後に、私はこぶな書店を立ち上げた。最初に刊行した『アフリカの難民キャンプで暮らす』(小俣直彦 2019年)のトークイベントに、畠山さんは登壇くださり、こう語られた。
「私はカキの養殖をしている漁師です。<森は海の恋人>を合言葉に、山に木を植えています。つまり、海から川の流域全体を見る――そういうものの見方です。これは単にいいカキをつくるということではありません。人類の文明の歴史は、四大文明にしても、川の河口から生まれているわけです。川の流域の環境が壊れれば、人類は滅びるわけですね。
川の流域とは、すなわち人間のありようです。
ですから私は、おそらく難民問題の非常に根本的な問題も、森は海の恋人(川の流域の環境を調えるということ)と物凄く関係しているんじゃないかと、実は思っていたのです」

小俣さんの原稿に、難民のことを越えて遍く人間のことがらを孕むものだ、と魅力を感じていた編集者の私は、この言葉に励まされた。
つまりは「いのち」の話であると――。

こぶな書店2冊目のノンフィクションは『僕、育休いただきたいっす!』(税所篤快 2021年)。
税所さんとは小俣さんの本の縁で知己を得た。教育界では知る人ぞ知る、甚だしい(褒め言葉です)行動力で世界を巡って活動する若き起業家だった。その税所さんが書き上げた1年間の育休の記録。
抱腹絶倒の新米パパの奮闘とともに、赤ちゃんを連れて真珠湾に、水俣に、福島にと旅をし、人に飛び込み、話し、考える。
その眼差しはまさに<森は海の恋人>的だと思っていたら、税所さん、気仙沼・舞根湾の養殖場に畠山さんを訪ねて、さっさと友だちになっていた。
舞根に暮らす畠山さんの孫たちと一緒に、税所さんの息子たちが海辺を駆け回って遊ぶようになった。

そんな孫の一人、凪くんと畠山さんの共著『ととのはたけと、うたれちゃったしか』(ヒマッコブックス/ヒマールとの共同出版 2022年)を刊行できたことが、残された宝物となった。
  世界中が凪ぎますように――
小さなこの本に込めた祈りが、畠山さんは叶うと信じていた。
信じていたからその言葉を残した。
はじける笑顔とともに。

2025年5月2日

畠山さんと小俣さん。2019年6月20日、オックスフォード大学東京事務所にて出版記念講演会。小俣さんはネクタイを忘れ、急遽、畠山さんに借りて(撮影:宍戸清孝)
畠山さんと税所さんの長男・たかちゃん&次男・ヒロくん。舞根の畠山さんの書斎で2022年4月。パパと男の子二人のパワーにさすがの畠山さんも圧倒されていた

2020年秋にヒマールが畠山さんを招いて開催したトークセッションの文字起こし全文が無料公開されました。どうぞゆっくりお読みください。
https://himaar.com/main/?p=3821

〈畠山重篤(はたけやま・しげあつ)さんプロフィール〉
「森は海の恋人」を主宰。宮城県気仙沼湾(舞根湾・もうねわん)でカキ・ホタテの養殖業を営み、1989年より漁民による植林活動を始める。2005年より京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授を務める。2012年には国連より「フォレストヒーローズ」として世界で5組の内の一人に選出された。『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。『人の心に木を植える』(講談社)、『鉄は魔法つかい』(小学館)など著書多数。2022年、ヒマッコブックス(ヒマール+こぶな書店)より孫・凪(なぎ)との共著『ととのはたけと、うたれちゃったしか』を刊行。この本をベースとした『にんげんばかり そばを たべるのは ずるいよ』(童話屋)が生前最後の作品として2025年5月刊行予定。

「アフリカの難民キャンプで暮らす」にコメントを寄せていただきました!

難民を巡る報道はここ数年増えているが、その多くは政治的な視点からのものだ。長期に渡って現場に入り、地に足の着いた目線で「生」の声を丹念に拾っていく手法で「等身大の難民像」を記録し、問題点を浮き彫りにしていることに感服した。
401日もの長い間、定点で現場に入る取材活動は、テレビや新聞、通信社に所属するサラリーマンジャーナリストには不可能だ。フリーランスでも難しいだろう。そういう点では、学術研究という目的があって初めて実現したフィールドワークだと思う。そのチャンスを活かして、論文作成だけに終わらずに、ノンフィクションも執筆した背景には、調査対象となった人々のために少しでも役に立ちたいという小俣さんの強い思いがあると感じた。
ーーー加藤昌宏さん(放送局プロデューサー)